1.はしがき

はしがき

言葉を使うとは、単に意味を伝えることではありません。社会的なアイデンティティー(自分の文化・民族)を表わすことでもあります。言葉の奥深さや多様さ、面白さを社会背景などを紹介したコラムです。

ヨーロッパ
スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、フランス語、バスク語、アイルランド語、オランダ語、ワロン語、フラマン語、ドイツ語、ギリシャ語、ルーマニア語、セルビア語、クロアチア語、ハンガリー語、チェコ語、スロバキア語、ポーランド語、フィンランド語、スカンジナビア諸語、バルト三国、ロシア語

アジア
タミル語、インド英語、シンハラ語、インドネシア語、フィリピノ語、ベトナム語、ラオ語、ウイグル語、チベット語、モンゴル語、広東語、台湾語、韓国語、朝鮮語、日本語

中東、アフリカ
アラビア語、ペルシア語、トルコ語、アフガニスタン公用語、チュルク諸語、グルジア語、クルド語、ヘブライ語、スワヒリ語、アフリカ公用語

アメリカ大陸
英語、カナダ・ケベック州のフランス語、ケチュア語、国連公用語など

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全世界で使われている言語は、6000から7000だと言われています。現在の国連加盟国数が192カ国ですから、単純に計算すると、一つの国で30以上もの言語が使われていることになります。私たちの住む日本では、日本語を使うだけで、ほとんど何の支障もなく日々の暮らしを続けていくことができます。ですから、何10もの言語が使われている国や地域があるということは、ちょっと信じられないような気もします。

もちろん、日本にいたからと言って、外国語に接することはいくらでもあります。英語は学校でも勉強しますし、標識、看板、放送など、英語で言われたり書かれたりする文章や語句に接しないで日常生活を送ることはできないと言っていいくらいです。さすがに、英語は世界共通語だと言われるだけのことはあります。英語以外でも、レストランやファッション雑誌等では、フランス語やイタリア語を目にすることは稀ではありません。アジアの言語であれば、中国語や韓国語を駅や繁華街、テレビ番組で見たり聞くこともよくあります。

しかし、日本で接する外国語は、あくまでもこのように間接的な形で伝えられるもので、生身の人間が話す言語としての外国語に触れることはあまりありません。それは、外国語を使わなくても十分に満足な日常生活が送れるということでもあって、ある意味では幸せなことです。だからこそ、日本人の英語力がいつまでたっても伸びないのだと考えることもできるでしょう。

日本にもアイヌ語があることはありますが、日常的にアイヌ語を使っている人は、現在はいませんから、現在の日本はほぽ単一言語の国だと言って差し支えありません。このような状況で日々生活していると、外国語と言えば英語やフランス語など、欧米の主要言語が中心であって、世界には他に何千もの言語が使われているのだということを、つい忘れてしまいがちです。

私の専門は言語学で、学生時代には特にヨーロッパの歴史を中心に勉強していました。例えば、フランス語は英語と並ぶ、ヨーロッパの主要言語の一つですから、世界の諸言語の中でも高い威信をもっています。フランス人が、自国の言語を誇りに思い、英語からの外来語を排除しようとするのも、無理からぬところはあります。

私自身も、日本語は母語なのだし、英語もフランス語もそれなりに知っているのだから、世界の言語状況については、重要な部分はもう大体は心得ているかのような気がしていました。

ところが、フランスといえども、多言語国家であることを免れることができないのだということを、フランスに留学して初めて知りました。ドーデの「最後の授業」有名なアルザス地方は、ドイツ語(アルザス語)ですし、ベルギーとの国境地帯では、オランダ語(フラマン語)が話されています。さらには、大西洋沿岸のバスク地方ではバスク語が、イタリアとの国境地帯ではイタリア語が使われます。もっと言えば、19世紀頃までは、南フランス一帯は「オック語(プロパンス語)」と呼ばれる言語が優勢的に使われる地域だったのです。

最近まで、南フランス地方の人々は、北部のフランス語を話す人間を「パリのフランス人」と呼んでいたという話を聞いたこともあります。このように、国家と言語は一体のものなどということは決してないのです。それだけに、英語を代表とする、欧米の主要言語だけを見て、人間の言語や人間が言語を使う状況とは一般的にはこのようなものなのだ、などと短絡的に考えてしまうことは、危険であって、言語の真実とはほど遠い姿を想像させてしまうものだということを、言語的には特殊な状況に置かれた私たち日本人は、深く思い知る必要があります。

人間が言語を使うということは、単に他者に意味を伝達するためだけではありません。同時に、自分が一体どんな人間であるのか、そして相手に対してどのような態度をとるつもりなのかをも表す、社会的に重要な機能を果たすものであるのです。このことを理解しなければ、世界中のどこでも英語さえ使っていれば何とかなるのだ、英語が使えない相手とは話す必要もない、などという安易にして倣慢な偏見を軽々しく抱いてしまうことになりかねません。

しかも、アメリカが「世界標準」を与えるなどという時代が、いつまでも続くとは限らないことは、歴史が教えるところです。英語は、世界帝国を築いたイギリスと、文化的・経済的に現代世界に大きな影響力をもつアメリカの言語であったという、偶然的な理由で、世界の共通語として現在使われているに過ぎません。伝達力の点では、すべての言語は同等なのであって、英語が言語として優れているなどということは決してありません。本コラムの「英語」の項でも説明するように、英語という言語は、どちらかと言えば世界の諸言語の中でも、珍しい特徴を備えた、言わば「異端」の言語なのです。

英語に比べれば、私たちの日本語の方が、全体としては「まっとうな」性格をもった言語だと言えます。日本語も、強い経済力と高い文化を背景とし、1億2000万以上もの話し手をもつ大きな言語なのですから、英語と同じように世界に通じる共通語として機能する資格は十分にあります。しかしながら、政治、経済文化のどの面をとっても、日本の影響力はアメリカには及びません。

これが主たる理由となって、言語としては日本語の方がどちらかと言えば世界的には受け入れられやすいはずなのに、英語のように世界中に通じる言語にはどうしてもなることができないのです。ただ、日本語が世界の共通語でない分、私たち日本人は、偏見をもたずに世界の言語使用の状況を客観的に眺めることができるのではないかと思います。

本コラムは、私自身を含めて読者の皆さんにも世界における言語使用の真実を分かっていただくために書いたものです。取り上げた言語の数は、世界の言語の総数に比べると微々たるものですが、世界各地で使用されている言語はすべてとりあげたつもりです。本コラムをお読みになって、言語というものがいかに多様であり、そして民族独自の文化を担うものであるかということが、少しでもお分かりいただけるのではないかと期待しております。

本コラムは、メルマガ連載した記事を編集し直したものです。メルマガという性格上、投稿時期に話題となった出来事についての言及をしている場合もあります。編集の際に、話題としてすでに陳腐化しているものは書き改めていますが、記憶に止めておく価値のあるものについては残している場合もあります。 言語とそれを使用する社会は密接に関連していますから、時一事的な話題を盛り込むことも、言語の世界地図と題する書物には相応しいのではないかとも考えております。

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