1.あなたの会社が英語公用語化を宣言する可能性は身近になった

あなたの会社が英語公用語化を宣言する可能性は身近になった

2010年5月、楽天が社内で英語公用語化を宣言したことが大きくニュースになった。その後、ユニクロ(ファーストリテイリング)、楽天など、多くの会社の英語公用語化や外国語対応に関する報道が続いた。また英語が母国語ではない人間が話す言葉として、ブロークン・イングリッシュを体系化して、1500語でグローバルな仕事をこなすための新しい英語グロービッシュが注目を集めている。さらに一歩進んでニュアンスを伝えるための英語学習、そして2016年度から小学校低学年からの英語教育の必修化など、あちこちでさまざまな動きが起こっている。これらの動きは、根の深いところでつながっている。

それは「日本人はこれからどうやって生きていくのか?」という問題意識だ。まさに、英語を取り巻く国内の環境が変わりつつあるという状況のようだ。ところで、このコラムを読んでいるあなたは英語公用語化について、どう考えているだろうか。

もしあなたが先に挙げたような会社の社員なら、すでに慣れない英語と悪戦苦闘しているかもしれないし、未来の公用語化が宣言されている会社にいるなら、その日を迎えるまで、不安で押しつぶされそうなのかもしれない。

まだ公用語化は宣言されていなくても、前述の企業と同じ業界だったり、グローバル化の方針をとっている企業に勤務している人の中には、明日は我が身か、とビクビクしている人もいるだろう。一方、もしかしたら国内企業とだけ取引している自分には関係ない、と思っている人もいるかもしれない。

否応なく変化する時代の中で、特に非ビジネス系の分野での新聞やテレビの論調が、表面上のことだけを捉えて「英語公用語化なんてくだらない」と後ろ向きに傾いているのが気にかかる。もちろん英語を社内の公用語にすれば、母国語が日本語の社員同士が英語を使うことで、思考スピードが落ちる局面はあるだろう。

しかし別に、日本語を捨てよと言われているわけではない。そもそも英語公用語化というのは、「これから日本人はどうやって生きていくべきか?開国か?鎖国か?」を考えるにあたり、氷山の一角として現われているにすぎないのである

英語を使って外国人相手の商売をするということは、もはや商社や輸出型産業の会社の社員だけの問題ではない。成長する新興国からの消費を呼び込み、お金を落としてもらうためには、小売業を中心に内需型産業においても、英語のスキルはないよりはあった方がよいというレベルから、できないと確実に損をするスキルになりつつある。政府の成長戦略でも、国内市場に外国人を呼び込む話については積極的だ。

都会のホテルだけでなく、地方の老舗旅館や温泉街に外国人観光客を招き入れたり、最新医療機器の開発拠点であることを強みにした医療ツーリズム(他国を訪ねて診断や治療などの医療サービスを受けること)などの施策も注目されている。

やはりこれからの日本は基本的に開国でいくべきだろう。少子高齢化対策、若年層の就職難などが絡み合って複雑化する社会問題を解決するには、英語公用語化によって日本人が活動できる範囲をグローバル規模に広げておくことが不可欠だからだ。

「企業の社内公用語英語化」
「小学校低学年からの英語必修化」

これらの流れは、決して単なる政府の失策や、ワンマン社長の気まぐれではない。鎖国時代の江戸幕末から明治維新にかけて起こった大改革の中の一つと同じように、日本人のグローバル化という大きなうねりの中で顕在化した一つの事象にすぎないものと考えている。

もう少し小さなレベルで言えば、十数年前のインターネット登場時に、電子メールをビジネスツールとして認めるかという大議論があった。今では、周囲を見渡せば、仕事の話もプライベートも出先でケータイからメールは当たり前になっている。数年後、今を振り返ると、英語公用語化の議論も同じように当たり前の過去のものになっているような気がする。だとすれば、いち早く使いこなす術を身に付けた方が得策というものではないか。

英語も、パソコンのような一つのツールとして割り切り、そのツールを今風にほどほどに使いこなそう。また、開国でいくのであれば、孫子の兵法で「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」というように敵を知るのが先決と考える。よく「真の国際人になるためには、まず自国のことを知るべきだ」などと言われるが、己を知るのも、外
国の事情を知って、自分たちの相対的な位置付けを知ってこそだ。

そのためには、積極的にアウェーに飛び込む体験が不可欠である。本文で詳しくお話しするが、私は数年前にあるグローバル企業の誘致のため、英語を公用語(という表現は当時はしていなかったが)とする多様な母語を持つ多国籍チームを率いた経験がある。また、2004年からはカリフォルニア大学バークレー校のMBAコースへの留学斡旋に数回参加し、最近の外国人ビジネスマンたちと切瑳琢磨する機会を得た。

これらの経験から、私は表面的な会話だけでなく、相手の思考回路を理解して影響を及ぼすことができるように文化的背景の理解にまで入り込むべきだと確信している。これにはやはり英語力より、体験が重要なのである。

本コラムは、いわゆる英語術のようなコラムではない。むしろ、英語は必要最低限にして、文化的な背景やグローバル企業に共通な仕事の進め方など、他の要素がいかに重要であるか?それらをどのようにして身に付けるか?という観点での入り口になるハウツー物と思ってもらった方がいいだろう。

グローバリゼーション2.0という言葉には、80年代のジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた頃のグローバリゼーションとは異なり、ガラパゴス化する市場、中国をはじめとする新興国の台頭など、新しい時代の中で文化的背景の違いを認識したうえで日本人としての存在感を新たに考えるべきだ、という思いをこめている。

グローバルという軸を中心に、官公庁、戦略コンサルティング会社、ベンチャー系IT企業、大手IT企業と外資系企業を中心に渡り歩いた普通のサラリーマンが、たまたま時代に先駆けて少しだけ頑張ってノウハウらしきものを体得した体験談のようなものである。

本コラムが、これからの世の中を担うであろう世代を中心とした読者の皆さんにとって、何かのお役に立てれば幸いである。

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公用語が英語になっても生き残れる方法